分校を出て、とりあえずは竜平を待つことにした。

俺達の目的地は一緒だったし、俺と竜平の間に入る女子は榊裕子だったから、何ら問題は無い。

案の定、2分後に出てきた榊は俺の姿を確認すると、既に蒼白だった顔から

更に血の気を引かせて、小さく声を上げると一目散に走り出していった。

思わず貧血で倒れるんじゃないかと心配になってしまった。

貧血どころか、命の心配をするべき最悪の状況なのだが。

更に、2分、漸く竜平は分校から出てきた。

こいつは、実際はあんまり根性が無いから(それでも不良被れの俺よりはずっとマシだ)

随分顔色が悪いし、足も震えていたけど、俺の姿を見ると嬉しそうに走ってきた。



「何だよ、博、待っててくれたのか」

「まあ・・・どうせ間は榊だったし」

「そうか。充とヅキはどうする?」

「結構間が空くから、先に行ってて良いだろ」

「だよなー。どうせ、行き先は一緒なんだしな」



竜平がそう言って、さっきのメモを思い出した。

我等がボス、桐山和雄から回ってきた物だ。

あの桐山の事、どうにかしてこの島から脱出する方法を見つけるだろう。

充は嬉しがっていたし、竜平も随分ほっとしていた。

(まぁ、俺達桐山ファミリーは、このゲームでは圧倒的に不利だと思うし)

ただ、ヅキだけは今まで見たことも無い真剣な眼差しで、メモを見つめていた。

いや、寧ろ睨んでいた、と言う表現の方が正しいかもしれない。

ヅキの考えるところは俺も何となく分かっていた。

俺は結局、グループ内では取って付けた様な存在だったから、絆は薄い。

不良に憧れて、充たちと仲良くなった様なもんだ。

だから、桐山の事は純粋に凄いと思っていたけど、其処まで盲目的な崇拝はしていない。

正直、あの完璧さと時折見せる虚無感に、気味悪さを感じた事だってある。

その能力故に、此処から脱出する事も可能だろうが、逆にゲームに乗った場合を考えると恐ろしくて仕方ない。

桐山は、元々気まぐれな性格だったが、今はその気まぐれ次第で何人もの命を自由に左右できるのだ。

そして、思う。恐らくヅキは南の端には姿を見せないだろうと。

ヅキはあれで酷く現実的で慎重な性格だから、こんな事、絶対に避けるだろう。

そしてアイツは、避けた後、どう行動するかも決められる奴なのだ。

けど、俺と竜平は自分でどうにかする事なんて出来やしないし、頼みの充だって桐山に依存しすぎてしまった。

つまり俺達二人も、桐山を頼る他無いのだ。

危険だと分かっていながらも、他に取るべき手段が見つからない。

こんなに自分が嫌になったのは、初めてだと思う。

結局俺は、頭に何かガンガンと響く物を抱えながらも、南へと足を進めた。







南の端。波が岩場へと打ちつけられる音が響いていた。

その岩の一つに、桐山和雄はいた。

袖を通さずに肩からかけた学ランの上着が、風になびく。

桐山の姿を見つけると、俺が止める間もなく、竜平は一目散に走っていった。

もっとも、止めるにしたって、竜平を納得させられる言葉があったかは疑問だが。

ただ、俺は確かに違和感を感じていたんだ。いつもと全く変わらない桐山に。




竜平の命が絶たれるのは一瞬だった。

桐山は持っていた何か(多分ナイフだろう)で、竜平の首を掻っ切ったのだ。

血を吹き出しながら倒れる竜平の向こうに、もう一つの人影を見つけた。

セーラー服を着ていて、人影と言っても、それは最早生きていない様だった。

二人!ゲームが始まって数分、桐山は既に二人を殺した!

それは頭の中で作り上げた選択肢の中で、最も最悪な結末。

あの桐山和雄が、ゲームに乗った。ということ。

直ぐに逃げようと走り出したが、桐山の人間離れした運動能力に敵う筈が無かった。

桐山は瞬時に俺に追いついた。

そんな馬鹿な話があるか。追いかけてくる音すら、聞こえなかったぞ!?

桐山は俺の制服の首根っこを掴むと、そのまま俺の体を放り投げた。

一体、あの色白の細腕の何処にそんな力があるのか、教えて欲しいものだ。

実は桐山和雄はサイボーグでした。なんて冗談も、今なら信じそうだ。

投げ飛ばされ、思い切り背中を打って一瞬呼吸が止まったが、こうしてはいられない。

無理矢理立とうとしたが、残念、またしても追いついていた桐山に押さえ込まれる。

絶望感に打ちひしがれる中、無意識に言葉が出た。



「何で・・・」

「?」

「何で、ゲーム、に、乗っ、た、んだ・・・」



呼吸は上手く出来ないし、怖いしで、声は情けなく震えていた。

何てったって、桐山のナイフは俺の首すれすれで止まっているんだ。

目だけを動かして横を見れば、竜平の死体が転がっている。

そういえば、さっき投げ飛ばされた時にちらっと見えた女子の死体は、金井泉だった。

自分の事で精一杯なのに、Wで充に此処に来て欲しくないと思った。

好きな女が死んで、信じていた人に裏切られて?

そんな中で死ぬのは、あまりにも可哀想過ぎるだろう。

だから、頼むから、此処には来ないでくれと思った。

まぁ、きっとその願いは叶わないんだろうけど。



「俺は・・・」



端正な顔立ち。その中に存在する冷たい目。

それは、俺を凍死させるかの様にずっと見下ろしていた。

桐山は俺の質問に答える気になったのか、やっと口を開いた。

どうせ直ぐに殺されるもんだと思っていたから意外だ。

(事実、竜平の時は何の前置きも無く、バッサリ、だ)

とは言え、相変わらずナイフは俺の首を狙っているのだが。



「俺は、どっちでも良かったんだ」

「どっちでも?」

「俺には、何が正しいのか、分からない」

「?・・・金井を殺したのも、アンタか?」

「金井は、たまたま此処にいた」

「それで、居たってだけで、殺したのか・・・!?」

「コインを、投げたんだ」

「コインだって?」

「表が出たら坂持と戦って、裏が出たらゲームに乗ると」



思わず言葉を失った。

コイツは、人の命を奪う事を、コインで決めたって言うのか?

少なくとも、既に二人の命が奪われている。

そして今また一人、奪われようとしている。(まぁ、それは俺のことだが)

それだけじゃないだろう。

これから来る充も殺すだろうし、他にも何人ものクラスメイトを手にかけるだろう。

それが、全て、たった一枚のコインに委ねられていたって言うのか?



「それで、コインが裏だったから、まずは金井を殺した」

「ふざけるなよ!何でコインなんかで・・・!!」

「俺には、何が正しいのか分からないから」

「意味が分かんねえよ!自分の事くらい、自分で決めろよ!!」

「黒長。生きることと、死ぬことは、何が違うんだ?」

「・・・っは?」

「得ることや、失うことが、俺には良く分からないよ」



そう言った桐山は、どこか淋しそうに見えた。

それは見間違いだったかもしれないが、奇跡と言って良い。

桐山が初めて見せた隙でもあったから。

俺は馬乗りになっている桐山を蹴り上げ、竜平のデイパックに向かった。

あの中には竜平の支給武器のマシンガンが入っている筈。

仕留められないにしても、せめて逃げ延びる事は出来るかもしれない。

俺はまだ死ねない。この事を充に伝えなければいけないから。

殆ど四つん這いで走って、デイパックに手を伸ばした。

けどその手が届くよりも先に、桐山のナイフが俺の右手と地面を縫い付けた。

手の甲が焼けたように熱い。

桐山がナイフを抜くと、そこからどろどろとしたものが溢れていくのが分かった。



「っぅあ・・・く、そ・・・」

「俺を殺すのか」

「っれ、はまだ、死ねない!」

「・・・何故お前達は生に執着する?」

「またっ・・その質問か。くそっ、お前は、サイボーグか、よ・・・!?」

「サイボーグ?」

「感情が・・・無いのか・・って、言ってんだ」

「感情が無い・・・。そうかもしれないな」



淡々とした桐山の言葉。

だが、俺がそれに反応するより先に、後ろから伸びた桐山の手が俺の喉を裂いた。

手の時とは比べ物にならない苦痛。

意識が朦朧としてきて、自分の命が尽きるのだと、やけに冷静に思った。

酸素が喉から出ていって、呼吸が出来ない。

喉をひゅーひゅーと鳴らしながら、死に物狂いで口を開く。



「ば・・か、が。おま、えは・・・しゅ・・・ちゃ、して・・・だ、ろ」

「・・・・・・・」

「おまっ・・え、は・・・・せ、せい・・・に、しゅ・・く、してっ・・た、だろ」



俺が何を言ってるのか分からないのか、桐山は何も反応しなかった。

そして俺も、言ってやりたい事はまだ沢山あったけど、もう限界だった。

それ以上言葉を続けるのを止めて、ただ身を任せることにした。

はっきり言って、もう疲れた。休みたかった。

全く、俺みたいな根性無しが、桐山相手によくやったよ。

だから、もう休もう。

もしかしたら桐山は、充の事だけは助けてくれるかもしれないし。

ぼやけている視界の端に、桐山の姿を捕らえた。

桐山も、俺をじっと見詰めている様だった。






俺が、たった一つ気になったこと。

何故、桐山の出した選択肢はその二つだったのだろうか。

坂持と戦う事も、ゲームに乗る事も、つまりは生き残ると言う事だ。

このゲームを降りる方法には、自殺という方法もあった筈だ。

だから思った。何にも執着してないなど、嘘だろうと。

少なからず、生きたいという意志があったのだろうと。

だから、用意した選択肢はその二つだったのだろう。

もっとも本人は、それに気づいてはいないようだったけれど。

ただ、俺はその答えに辿り着いた時、面白くて仕方なかった。

あの桐山が、結局何かに上手いこと動かされている気がしたので。

残念だったのは、それを馬鹿にしてやる気力がもう無かった事。

相変わらずひゅーひゅーと音のする喉。

肺に息が行っていないのか、いい加減苦しくなってきた。

眠気に耐え切れず目を閉じると、暗闇に包まれる。

俺が目覚める事は、もう二度とないんだろうな。

そんな事を考えて、それが、俺の最後の記憶となった。

桐山が何故あんな行動に出たのか?

俺の推測はどこまで当たっていたのか?

充は、ヅキは、一体どうなったのか?

そんなの、俺には最早知る由も無い事だった。




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何の執着も無いボス。
でも、コインの表も裏も、結局は生きる事に繋がる。
もしかしたら、桐山も光っちゃんと同じ。
自分の存在意味の為に戦ったのかな、と思う事があります。
それにしても、黒長くんが男らしくなりすぎた。笑。