視界にうっすらと弘樹の姿が映って、胸が締め付けられた。

どうしよう・・・・・あたし、もう死んじゃうみたい。

もう走ることも、弘樹を庇ってあげることも、彩子の宿題を見てあげることも

お母さんのお手伝いをすることも、お父さんの肩を揉んであげることも、出来なくなっちゃうんだね。

自分で自分の死を悟ることがこんなに怖いなんて思わなかった。

でも、弘樹が痛いくらいに手を握るから、微笑むことが出来る。

あたしは、だんだんと意識が遠くなるのが分かって、無理矢理口を開いた。

これだけは、これだけは聞かないと。



「・・・・・あんた、好きなこいるの?」



あたしの突然の言葉に、弘樹が驚いたのが空気で伝わった。

そういえば、弘樹は昔からこの手の話題が苦手だった。

いつまでも変わらない幼馴染の姿に、呆れと嬉しさで笑みが零れた。

それは自分でも分かるほどに弱々しいものだったけれど。



「いるよ」



数秒の間を置いてから、弘樹は答えた。

あたしは、もう止まりかけの心臓を高鳴らせて、質問を続けた。



「まさか、あたしじゃないわよね」



お願い、弘樹、違うと言って。

弘樹は、さっきよりも長い間を置いて、答えた。



「・・・ちがう」



その答えに、ようやく詰めていた息を吐き出した。

あぁ、良かった。

弘樹の好きな人があたしじゃなくて、本当に良かった。

弘樹があたしを想っていたら、あたしは逝けなくなるもの。

こんなに弱虫な男を放って、安心して逝けなくなるもの。

あたしの目はもう何も映さないけど、弘樹の強さははっきりと見えたから。

きっと弘樹はもうあたしの助けはいらないくらい、強くなったんだ。

そして弘樹は、その好きな誰かの為に生きる気がした。

ただ、弘樹の答えはあたしが求めていたものだったのに、少しだけ胸が痛んだ。

あたしは、すぐにその意味するところが分かって、ちょっとだけ笑った。



「そう、それじゃあ・・・・」



思う様に喋れなくて、一息ついた。



「せめてちょっとだけ、抱きしめてて。すぐ・・・終わるから」



終わるから、という言葉は、自分でも気持ちの良いものじゃなかった。

でも、事実なんだから仕方無いわよね。

案の定弘樹は悲痛な表情をしたけれど、大袈裟なくらい大きく頷いた。



弘樹、大好きな幼馴染。

せめて最期は、あんたの腕の中で、死なせて。




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初め読んだ時、貴子サンの、『まさか』の一言が気になりました。
ただ単に強がりというか照れ隠しみたいな物だったんでしょうけど。
でも、こういう捕らえ方もアリかな?と思って書いた作品です。