四角いフレームの向こう、月が浮いている。 闇を照らすその光は瘴気に塗れた空気の中でも確かに届いた。 淡く放つ光があまりにも綺麗で、俺は目を細めた。


「(あぁ、ガイ。ごめん、やっぱり俺は綺麗なこの世界を守りたい)」


優しい幼馴染は、きっと最後の時まで俺を許してはくれないんだろうけれど。 ちらりと振り返った先、ガイが眠っているベットは酷く静かだった。 ただ浅く上下に動いていて、そこにガイが生きている、そんな当たり前の事実が俺を安心させた。 触れなくても俺はあの暖かさを知っている。 いつだって俺を包んでくれた、あのぬくもりを。 もうそれを感じる事が出来なくなるんだと思った途端、目の奥が熱くなった。 鼻をすすって、嗚咽が漏れないように唇を噛み締める。


「・・んっ・・・ルーク?」


急に後ろから声をかけられ、振り向くと上半身を起こしたガイがこちらを見ていた。 咄嗟に笑顔を作る(自慢にもならないけれど、笑顔の作り方は上手くなったと思う)。 ギィっとベットが軋んで、ゆっくりとした動作でガイはベットから降り立った。 足音一つ立てないのは故意なのか、それとも敵陣の中で育ってしまったが故の癖なのだろうか。 ともかく、驚くほど静かに俺の隣へやってきたガイは、そっと俺の頬へ手を伸ばした。 ガイの骨ばった手が肌を優しく撫でる。


「眠れ・・・ないの・・か?」


普段のガイからは想像もつかない程、おずおずとした問いかけだった。 いつもならこんな事聞かれる前に、『早く寝ろ』とどやされるのに。 けど俺は、ガイが『早く寝ろ』と言えない理由が分かってしまうから苦笑した。


「別にそんなんじゃねーって」
「・・寝たく・・ないのか?」


本音は眠れないのと寝たくないのが半分ずつ。 やっぱり死ぬのは怖くて、ベットに入っても明日のことばかり考えてしまうし、 消える前に瘴気塗れでも良いから、この世界をじっくり見ておきたかった。 ちゃんと見ないで死んでいくには惜しいほど、この世界は綺麗だから。 けれど俺は、そう答えた時に見るであろうガイの悲しい顔が嫌で、首を左右に振った。


「違う。何となくだよ、何となく」
「ルーク・・」
「心配すんなって。寝坊なんてしねえよ!」


精一杯に明るく笑い、ガイの胸を軽く叩いた。 心配をかけないようにしたつもりだったけど、ガイの眉間にはみるみる皺が寄ってきて、失敗したなぁと思う。


「俺のことは良いから、寝ろって。寝不足なんかになったら、
明日嫌んなるくらいジェイドに嫌味言われるぜー?」
「ルーク!」


ガイが一際大きな声で俺の名前を呼んだかと思うと、次の瞬間には俺の体はガイの腕の中に居た。 あまりに強く抱きしめられて、息苦しい。 ガイの腕を掴んで引っ張るが、びくともせず、拘束はますます強まるばかりだ。


「ちょ、ガイ、くるしーって!離せよ」
「頼む、ルーク、頼むから」
「な、何が!」
「頼むから、言ってくれ!」


ガイが俺に求めているものに心当たりのあった俺は、思わず動きを止めた。 やっと、少し離れたガイは、それでも俺の肩をしっかり掴み、射抜くように俺と視線を合わせた。 空と同じ色のガイの瞳は真剣で、それを受け止めることの出来ない俺は視線を逸らす。


「・・・な、何のこと、だよ」


自分でも声が上ずっているのが分かった。 白を切ろうとする俺の態度に、ガイにしては珍しく、苛立ちを隠そうともせずに舌打ちをした。


「お前が!お前が一言、死にたくないと・・・逃げたいと言えば俺は」
「ガイやめろ!」


俺は深夜に相応しくないような声を上げて、慌ててガイの言葉を遮る。 それ以上言ってしまえば、越えてはいけない線を越えてしまいそうだった。


「俺がやらなかったら、アッシュが消えるんだぞ!?」
「そんな事は分かってる!けど」
「ガイは!・・・アッシュが死んでも良いって言うのかよ!?」
「それは・・・・勿論、アッシュにも死んで欲しくないが・・」
「でもそうしたら、世界中の人が苦しむ」


俺はガイの服を掴んだまま、顔を下に向けた。 俺達はお互い、見るのも見られるのも耐えられない様な酷い顔をしているから。


「ティアが言ってた。
放って置けば、数年後には人口が八割は減るって」
「・・・八・・割・か」
「俺、そう言われても良く分かんねーけど、凄い人数ってことだろ?」


俺が殺してしまった、アクゼリュスの人たちとは比べ物にもならないほどの。 ガイが怒るのは目に見えていたから、その言葉は呑み込んだけど。 でも、静かに想像してみた。それは、何て恐ろしい人数なのだろうかと。


「けど、アッシュを見殺しにもできねーから。
・・・そしたら、俺に出来ることなんて、さ?」


そう言って、無理矢理口端を上げた。 上手く笑えたか分かんないけど、俺なんかよりガイのがよっぽど泣きそうな顔してるから。 俺が悲しい時はいつも、ガイが微笑みながら俺の頭を撫でてくれたんだ。 それを思い出して、自分の頬を伝う涙に気づかない愚かな俺は、微笑み続けた。













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ガイルク最大萌えイベントの一つ、瘴気中和です。
まぁ、ガイルクと言うよりはガイ+ルークですが・・・。