「・・・すまない」 そう言って、いつもは人をおちょくってばかりの男は目を伏せたが、手入れの行き届いている長い金髪と整った顔立ちが、それすらも絵にさせてしまう。 隣では同じように気品の高く、しかし金髪の男よりは遥かに歳をとっているであろう二人の男がいて、彼らや彼らの周りを囲む人間達も皆例外なく、苦しそうな表情で立ちすくんでいた。 しかし中央に立つ赤毛の少年だけは、場にそぐわない程の明るい笑みを浮かべていて、先程自分に向けられた謝罪に答えた。 「ピオニー陛下・・・気にしないで下さい」 「ルーク・・・」 「伯父上も、テオドーロさんも・・・俺は大丈夫ですから」 そう言ってぺこり、と軽く頭を下げると、少年は踵を返し重たい扉を開き教会を後にした。 残された人々は皆視線を彷徨わせ、互いの顔を見た後ため息と共に俯く。 金縛りにあったかのように動けなかったが、数秒後、少年の隣に立っていた青年が、少年を追いかけるように出て行った。 「ルーク!」 「・・・・・ガイ」 ルークは教会を出て直ぐの階段の途中にある、石碑の前に腰を降ろしていた。 普段ならば神聖な石碑に腰を降ろすなんて、と注意をうける所だが、最近の教団はそれどころでは無い。 導師イオンの死、それに伴う教団の崩壊の本格化、預言の停止、加えて瘴気再発・・・そんな中でこれくらいの事に気をかけるような人間は殆どいないだろう。 実際、参拝者で賑っていたこの場所も、瘴気を恐れて外出する人間が減った所為で驚くほど静かだった。 「ルーク・・・大丈夫か?」 ガイはルークの目の前まで来ると、方膝をつき、俯くルークの顔を覗き込んだ。 ガイが先程殴ってしまった頬がルークの顔を隠す髪の隙間から見え、うっすらと赤くなっているのに気づき、申し訳無くなったのと同時に怒りで我を忘れた自分を恥じた。 謝ろうかと思ったが、気分の良くない話を蒸し返すのも気が引けて、結局喉まで出かけた謝罪の言葉は飲み込まれた。 勿論そんなガイの葛藤をルークは知る由も無く、ガイの問いかけに顔を上げることも無く無言で頷くと、両手の平をゆっくりと握り締め、また開いて、と繰り返した。 その無意味な行動にガイは眉を顰めたが、すぐにいつもの笑顔に切り替える。 「・・・とりあえず、宿に戻って休もう。お前も、疲れてるだろ?」 な?と言って、到底大丈夫そうには見えないルークを宿に促すが、ルークは立とうとしない。 そうで無くとも多くの辛い事を経験し、無理を重ねていた時での出来事だったのだ。 ルークがこんな不安定な状態になってしまうのも無理の無いことだ。 しかし、皆に死を求められ、自身でも死を決意した子供にどんな言葉をかければ良いのか、かけてやる事が出来るのか、ガイには分からなかった。 だからただ黙ってルークの前に屈んだまま彼が動き出すのを待っていた。 昔のように肩を抱き慰めてやるには、お互い、あまりに多くのことを知ってしまっていた気がするから。 ガイは、カースロットの一件以来、ルークが自分と距離を置こうとしている事に気がついていた。 無意識の行動だとは思うが、ガイは自分にそれを咎める資格が無いと考え、当然の報いとして受け入れていたのだ。 だから、気軽にルークに近づきその手を引いて行くことも出来ず、結局その姿勢のままルークを待つことにした。 手の位置を変えてみたりしながらしばらくそうしていると、突然ルークがガイの名を呼んだ。搾り出すような声だった。 「どうした、ルーク」 ガイがなるべくゆっくり、優しく応えるとルークは顔を上げた。 その瞳は悲しみや怒りなど様々な感情の混ざった色をしていて、口元だけが笑みを作っていた。 それは今までに見たことのないルークの顔で、ガイは思わず息を呑んだ。 見たことは無いが、思い当たる顔だった。恐らくこれは、レプリカの顔だ。 「俺、ガイ達が前に言ってたこと分かった」 「・・・・・前に・・言ったこと?」 「『人は、奪われたものが大きいほど、謝られても困る』・・・ってやつ」 あぁ、そういえばそんな話をしたこともあったかもしれない。 あれは確か、アラミス湧水洞で合流した頃だったろうか。 アクゼリュスの罪をどう償えば良いか、という話をした時だった気がする・・・と、頭の隅でぼんやりとそう思った。 頭の中は様子のおかしいルークの事で一杯で、何とか、震える声を無理矢理抑えて相槌を打つのが精一杯だったのだ。 ルークはそんなガイに気づいているのかいないのか、特に気にすることもなく話を進める。 「俺、その時は全然意味が分かんなかった。 悪いことをしたら謝るものなんじゃねぇか?って思ってて」 「それも、確かに正論だよ。悪いことをしたら謝るもんさ」 「うん。でも、俺さっき陛下達に謝られてさ・・・・・・」 「殺したいと思った」 そう言ったルークの唇は相変わらず笑みの形を作っていて、ガイは今度こそ声を失くした。 これは、本当にルークなのだろうか。 昔、傲慢な態度が目立っていた頃だって、本質はとても優しい子供だったのに。 仲間に呆れられる程、人を殺すのを怖がっていて、自分から誰かの死を望むようなことは絶対に無かったのに。 ガイの頭の中で色々なルークが浮かび、そして・・・消えていった。 「あの人たちが俺やアッシュの代わりに死ねば良いのにって思った。 でもあの人たちは世界にとって大切な人たちで、死んだら駄目なんだよな」 「ば、か、やろ・・!お前等だって、死んで良い訳無いだろ!? 身分なんて関係無い!死んで良い人間なんていないんだよ!ルーク!」 「でもあの人たちは自分たちが生きる為に、自分の国を繁栄させる為に、俺たちが死ぬのを良しとした」 「・・・っ・・・・・・それは・・・・」 「・・・・・まぁ、良いんだけどな、別に。 もしあの人たちが『自分が死ぬ』って言ったとしても、あの人たちじゃ瘴気は消せないんだしさ」 ルークはそう言ってガイから視線を外し、空を見上げる。 満遍なく紫のもやに隠された空では、今日が快晴なのかすら分からない。 それでもルークは嬉しそうに目を細めて微笑った。 誘拐から屋敷に戻ってきてすぐの頃(それはつまり生まれたばかりの頃、という事になるんだろうか)に、何度か見かけた笑い方だった。 ルークは空を見上げたまま、先程と同じ調子でガイの名を呼んだが、ガイは下を向いたまま顔を上げることが出来なかった。 背中を冷たい汗が流れていく。 「ガイ、俺はさ、世界の為に死ぬわけじゃない。 あのレプリカたちと一緒だ。生き残ったレプリカたちに居場所を与える為。 レプリカが人間もどきと罵られない世界を作る為。 そして、アクゼリュスで犯した自分の罪を償う為に、俺は死ぬ。 ・・・俺達を殺して生き延びる人間の為じゃない」 言い終わるとルークは立ち上がり、屈んだままのガイの横を通り抜け宿へと向かって行った。 風に舞ったルークの上着の裾がガイの鼻先を掠めたがガイの意識はどこか遠くにあった。 ルークがいなくなってからもしばらくその場から動けず、ただ呆然と地面と睨めっこをしていたが、漸く我に返ると先程のルークのように空を見上げてみた。 やはり空は見ているだけで具合の悪くなりそうな紫色で、ルークが何に対して微笑ったのか、結局ガイには分からなかった。 − − − − − − − − − − − − − − −
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