旅の合間、ルーク一行は平原で休息を取っていた。 料理担当の者はそちらに、それ以外の者はお喋りや読書など思い思いの時間を過ごしていたが、 大木の根元の日陰で会話に花を咲かせていたルークとガイの元に、綺麗なソプラノを響かせアニスが走り寄ってきた。 アニスの足が地を蹴る度、彼女の短めのおさげと背中に背負った不気味な笑顔の人形が揺れる。 ルークはそれを遠目に見、何度見ても薄気味の悪い人形だな・・・と、ぼんやりと考えていた。 アニスに聞かれたら殴られそうな台詞だ。 「ガイに質問!」 アニスは二人の元に着いて早々、そう口にした。 指名を受けたガイは、きょとんとした顔で、隣に座っているルークと顔を見合わせた。 しかしルークは大して興味も無さそうに肩を竦めたので、アニスに向き直るといつもの笑顔で促した。 「ルークとピオニー陛下が今にも崖から落ちそうです! でも助けられるのはどっちか一人!さあ、どっちを助ける?」 思いも寄らない形で自分の名が出て、ルークは漸く興味を示すが、ルークにはアニスの質問の意図が分からなかった。 同じく、ガイの方も質問の意図は分からなかったのだが、特にその様な素振りも見せず間を空けずに答えた。 「ルーク・・・と、言いたいところだが、立場上そうもいかないしなぁ」 「ただの心理テストみたいなもんだよ〜! そんなに真面目に考えることないってばぁ!」 顎に手を当て真剣に悩み始めたガイに、アニスは呆れながらもけたけたと笑った。 一方ルークは『心理テスト』という聞きなれない単語に更に首を傾げるが、もし一般的なモノであったならばアニスにからかわれる可能性がある。 ルークの無知や非常識は仲間たちにとって今更だろうが、やはり自分より年下の少女にからかわれるのは良い気分ではないし(何せルークは思春期真っ盛りだ)、慣れるものでも無い。 勿論、そうなったとしても、苦笑したガイがルークを庇って説明してくれるだろうが、話の骨を折る事になりそうでそれも嫌だった。 ルークはしばし考えてから、後でガイにこっそり聞こう、という結論に落ち着いた。 「そうだなぁ・・・・・・・・・いや、やっぱり陛下、かな」 「・・・何だよ、ガイ。俺は助けてくれねーのかよ」 てっきり自分を選んでくれると思っていたルークは、文句たらたらでガイを軽く睨む。 ガイがマルクト貴族でもう自分がガイの主人で無いのは分かっているが、それでは親友の立場何処に? 親友よりも陛下の方が優先されるのかと思うと、それが当然のことでもやはり寂しいものがあった。 「陛下を助けたらルークを助けに行くさ」 だからそう拗ねるな、と、ルークの頭を撫でるが、勿論アニスは黙っていない。 「ガイずるーい!助けられるのはどっちか一人だよ!」 「ははは。けど陛下をないがしろにも出来ないからね」 アニスという審判の前ではズルは許されないようだった(よく見れば背中のトクナガはイエローカードを掲げていた)。 隣に、益々不貞腐れてしまう親友が目に入り、ガイは苦笑しながら頭を掻いた。 「ガイはもう立派なマルクト貴族だもんねぇ〜」 「・・ちぇー」 アニスにからかうように言われて、ルークは不服そうに舌打ちした。 それを見てアニスは更にご機嫌そうに笑うが、料理を担当していたティアに呼ばれると、来た時同様忙しそうに走り去ってしまった。 その後姿を見送りながらルークは、忙しないなぁ・・・と微笑みながら呟いた。 「・・・・・ルーク」 「ん?何?」 黙って二人のやり取りを見守っていたガイが唐突に口を開いた。 振り向くと、ガイは先程までとは打って変わって、真剣な表情をしていた。 いつもの笑顔も勿論だが、こうしていると尚更端正な顔が際立ち、ルークは思わず息を呑んだ。 「さっきの話。陛下を助けたら必ずお前を助けに行くから」 「・・・・どっちか一人だけって言ってただろ」 そう答えた声は明らかに拗ねていて、ルークは自分が思ったよりも根に持っていることに内心苦笑した。 ガイに迷惑をかけたくないという自分と、いつまでも変わりなくガイに愛されていたいという自分。 二つの矛盾した気持ちに、本当はずっと前から気づいていた。 「それでもさ。何をどうしたって、絶対助けてみせる」 「ガイ・・・・」 ガイは優しく微笑んでいるけれど瞳は真剣そのもので、それがとても嬉しくてルークの鼓動は大きく高鳴った。 胸の中では、無駄に男前なんだよ!だとか、そんなんだからすぐ女に言い寄られるんだ!とか、照れ隠しの文句が一杯出てくるのに、 結局言葉になったのは明らかな喜びを含んだ声音で呟いた、相手の名前だけだった。 「・・・もし助けられなかったら、俺も一緒に落ちてやるよ。 ずっと抱きしめていて・・お前だけを寂しく死なせたりはしない」 直後にガイに抱きしめられて、ルークはガイがどんな表情をしているかは分からなかった。 ガイは、自分がついている最大の嘘に気づいているだろうから、悲痛な顔をしているのかもしれない。 ガイには悲しんで欲しくないのに。ルークはそう思ったが、今胸を満たすこの気持ちは紛れも無く『喜び』で。 やっぱり矛盾している、とルークはガイに分からないよう、小さく苦笑した。 − − − − − − − − − − − − − − −
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