シャーペンを走らせる指に見とれていた。

無骨だけれど、細く長く、何故か綺麗だと思った。

スラスラと動く様子に、目が惹きつけられる。

けれど、急にその動きがぴたりと止まった。

目の前の男が顔を上げる。


「・・・相馬、あんまり見ないでくれるか?」

「あら、良いじゃない、指くらい」

「気になるだろう」

「ケチなのね、杉村クンって」

「そういう問題じゃない」

「やだ、あんまり怒らないでよ」


言葉に甘みを含ませて言うと、杉村に動揺が走った。

眉を顰めて、些かきつめに光子を見る。

勿論光子にとってそんな反応は、予想通りだった。

わざと、意味が分からないわ、という風に、ふんわりと微笑んで首を傾げる。

杉村は、大きくため息をついて、また日誌へと目を戻した。

あーあ、つまらないなぁ。光子は思った。

こーんな美少女の笑顔を独り占めしてるのに、全然反応が無い。

でも、あぁ、そう言えば、彼は貴子と幼馴染だった。

美少女の顔は見慣れています。って事なのかな。

あの貴子が相手じゃ、仕方ないっか。

貴子は確かに、女の自分ですら見とれてしまう程の美人だったから。

男子からの人気では、自分と張り合っている。

あと、他に張り合えそうなのは、小川さくらだ。

こちらは、公認の恋人がいるから、あまり噂がたった事はないのだけれど。

まぁ、とにかく、美人の顔は見飽きるって、本当なのかもしれない。

でも、だからと言って、何もアレは無いんじゃないか。

光子は指先で弄っていた髪を離し、小さくため息をついた。


「加代子」

「――っえ?」

「今日、花壇に水撒いてたの」

「そ、うなのか」

「えぇ。みーんな放っといてるのに。・・・良い子よね?」

「あぁ、そうだな」


そう言った弘樹の目に暖かさを見つけて、尚更不機嫌になった。

あなた、馬鹿よ。杉村クン。光子は心中で毒づく。

だって、どうしてあんなに綺麗な貴子が側にいて、加代子を選ぶの?

加代子が可愛くない訳じゃないけど、まぁ、十人並みじゃない?

それに比べて、貴子はどう?

貴族的な整った顔立ち。スポーツをやってるからか、体は引き締まっているし。

スカートからすらりと伸びた白い足なんて、いつ見ても見とれちゃう。

彼女が通るだけで、周りの空気が違うものに変わる。

でも本人は凛とした姿勢を崩さないで、絶対に誰にも媚びることは無い。

彼女の笑顔は、殆ど唯一、杉村弘樹にだけに向けられる。

なのに。

弘樹は、首だけを窓に向けていた。さらに視線を追うならば、其処には花壇がある。

そして、彼には、花壇に水を撒く加代子の姿が見えていたんだろう。

その横顔があまりに優しくて、光子は何か、どろどろとした感情を覚えた。



















「久しぶり、杉村クン。どう?満足した?大好きな子と一緒に死ねて」


ざあざあと雨に打たれる、弘樹とそれに覆いかぶさるように死んでいる加代子。

光子はその姿を見て、小さく舌打ちをすると、加代子の体を軽く蹴った。

少しだけ動く、加代子の小さな小さな体。

光子は自分の手で加代子を殺せた事に、満足感があった。


「加代子、私、あなたが大嫌いだった」


杉村弘樹に、無償の愛を注がれていた加代子。

きっと、貴方が此処で死んで、貴子も喜んでいるわよ?

死人が言葉を聞けるならば、光子はそう言ってやりたいくらいだった。



この世界は、与えるものと与えられるものが、つり合っているんだろう。

与えるものがいれば、与えられるものもいる。

なら、どうして自分は、与えられる側に立てなかったのだろうか。

幼い頃から、奪われる立場に立ってしまっていた。

まだ、その答えを出すには早すぎる。

その答えを出すために、このゲームに乗ったのだから。



光子は、満足そうな杉村の死体を一瞥すると、彼が放った銃へと足を向けた。

まだ戦わなければならないから。そう。私は正しい、絶対、負けない。

未だ容赦なく降りしきる雨の中、光子は自分に言い聞かせるように呟いた。




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光子→貴子→弘樹→加代子→師範代な感じで、片想い無限ループ(…)
奪われ続けた光子は、無償の愛を注がれた加代子が嫌いだったと思います。
あと貴子大好きだから、加代子を選んだ杉村の事も不思議に思ってたんじゃないかと。
ちなみに、この後すぐ光っちゃんは桐山によって退場させられます。(!)