ばたばたと大きな足音をたてて、黒長博が教室へ入ってきた。

手には二本のアイスが握られている。

教室内を見渡して首を傾げると、窓際の席に座っていた桐山の元へ歩み寄った。



「ねぇ、ボス、竜平知らない?」

「笹川なら先程、清水を追って行ったぞ」

「清水を?」

「あぁ。お前が帰ってこないとか、愚痴を漏らしてもいた」

「そ、そうなんだ・・・」



放課後、竜平が急にアイスを食べたいと言い出して、博が買いに行く羽目になったのだ。

わざわざ学校を出て、近くのコンビニまで走って買いに行ったというのに・・・。

博はため息をついた。



「じゃあさ、充は?」

「林田に呼ばれた。今は職員室かどこかだろう」

「じ、じゃあ、ヅキは?」

「三村の後を追いかけて行ったよ」

「あ、そ・・・・・」



全く、ヅキのやりそうな事だった。あのオカマめ。

博は、三村に同情しながら、もう一度大きくため息をついた。

ちらりと桐山に視線を移すが、彼はずっと本を読んでいて、一度も顔を上げない。

別にそれはそれで良いのだが、何となく、桐山と二人は気まずかった。

そもそも、恐らく竜平はしばらく帰ってこないだろうし、それではアイスが溶けてしまう。

博は、アイスの棒をぎゅっと握り締め、桐山に声をかけた。



「あ、あのさっ、ボス」

「何だ?」

「アイス・・・食べない?」

「・・・アイス?」



桐山がやっと顔を上げた。

相変わらず何も映さない瞳がこちらを向いて、博は慌てて言葉を紡いだ。



「りゅ、竜平に頼まれたんだけどさ、いないみたいだから、と、溶けちゃうだろ?」

「・・・あぁ」

「無理にとは言わないけど。あ、ボ、ボスは、アイスなんて食べないかな?」

「・・・いや。じゃあ、貰うよ」

「え?あ、う、うん」



博は持っていたアイスの片方を桐山に差し出した。

まるで芸術品のように、白く細長い指がそれを受け取る。

その仕草ですら、何だか別次元のものに思えて、博は感嘆した。

勿論、アイスの受け取り方に家柄も何もある訳がないのだが。

しかし、そんな事は構わないくらいに、博は桐山に見惚れていた。

あぁ、やっぱり充の言うとおりだ。桐山和雄は王になるべき存在なんだ、と。

じっと見詰められ、桐山は怪訝そうな表情で博を見返した。



「どうした、黒長」

「え?あ、いや、何でもないんだ」

「そうか」

「うん」



言って、博もアイスの封を切って、アイスを舐め始めた。

また二人の間に沈黙が降りる。

時折、窓から入る風が、カーテンを揺らして音をたてていた。

そんなカーテンの動きを見ながら、博はポツリと呟いた。



「良いなぁ、ボスは」

「?」

「俺なんか、買出し一つろくに出来ないんだもんなぁ」

「・・・そうか?」

「うん。俺、何にも取り得が無いや。超フツー」

「・・・・・」

「ボスは、何でも出来るもんね。羨ましいよ」



博は桐山に顔を向けて、苦笑した。

不意に、桐山がその顔に手を伸ばした。

博はびっくりして、思わず体を少し後ろに引いてしまう。

が、桐山は全く気にせずに、更に手を伸ばして、軽く博の頬に触れた。



「黒長、普通じゃない事が、そんなに羨ましいのか?」

「え?あ、あぁ。そりゃ、やっぱりその方が凄いだろ?」

「そうなのかな」

「ボスはさ、普通じゃないから、分かんないだよ、きっと」

「普通じゃない?」

「うん。あ、変な意味じゃないよ。ボスは凄いって事」



桐山はそっと博から手を離した。

じっと今まで博に触れていた自分の手を見詰める。

博は桐山の行動が分からず、ただ困惑するばかりだ。

桐山が、自分の手から目を離さずに口を開いた。



「俺は、普通も、悪くないと思うよ」

「え?」

「そんなに、他のものに憧れる必要も、無いんじゃないか」

「・・・そう、かな」

「あぁ。黒長と『普通』に過ごす時間も、悪くない」



桐山はそう言うと、アイスのゴミと本を持って教室を出て行った。

博はやっぱり桐山の行動の意味が分からなかった。

だが、しばらくして、励まされたのだろうか、と思うと、自然と顔が微笑んでいた。

誰もいなくなった教室で、博は一人、小さく声を上げて笑った。




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普通過ぎる黒長と普通じゃない桐山のコンビが好きです。
ファミリーの中でも正反対だったでしょう。
そこから色々妄想が膨らんで、私は桐黒が大好きです。(超マイナー!)
桐山にとって、自分と全く違う黒長は大切だったんじゃないかなぁ。とかね!
あと、竜平と比呂乃ちゃんは仲良しだと思います。