城岩中3年B組の日直は、出席番号の男女セットで担当になるというシステムだ。 そして今日は19番、松井知里と三村信史が当番となっていた。 実は知里は信史の事が好きで、だから今日は彼女の中でとても重要な一日だった。 信史は、自他共に認めるフェミニストなので、積極的に知里に話しかけていた。 信史も、知里と一緒に日直出来る事が嬉しかった。可愛い女の子は心に安らぎを与えるのだ。 当の知里は嬉しいやら恥ずかしいやらで、信史と交わした会話の殆どを覚えていなかったが。 真面目に、けれど何度もドジを繰り返しながら、何とか放課後になった。 後は日誌をつけて、担任のところへ持っていけば終わりだ。 他の生徒は帰ったか、部活に行ったかで、教室には知里と信史しか残っていない。 確かに嬉しいのだけれど何だか居た堪れなくて、知里は細い声で信史に声をかけた。 「三村くん、あ、後は私がやっておくから、部活に行って良いよ」 「まさか。オンナノコ一人に仕事を任せるなんて、出来るわけ無いだろ?」 そう言って、お得意の笑みを浮かべた。 知里は、その、少しニヒルな感じのする笑みがたまらなく好きだった。 顔に熱が上がるのを感じて、思わず俯く。一応、「そう」とだけ返事をして。 余計な事を考えないようにと、出来るだけ日誌をつける事に集中する。 信史は一つ一つ窓の鍵を確認していた。ああは言ったが、特にする事が無かったので。 そして、いよいよ何もする事がなくなると、信史は知里の前の席に腰を降ろした。 椅子には逆向きに座って、知里の机に肘をかける。 まるで、顔を覗き込むような体勢になって、知里は気が気でなかった。 それなのに、全てが停止する様な事を、信史は平然と言ってのけた。 「松井ってさ、俺のこと好きだろ?」 知里の手元で、思い切り音をたてて、シャープペンの芯が折れた。 何を言われたのか訳が分からず、ばっと顔を上げた。 ・・・・・のが、間違いだった。 すぐ目の前にあった顔は、知里の大好きな人で。 そして、やっぱり、知里の大好きな笑みを浮かべていて。 決して言うまいと思っていた言葉が、出てしまいそうになった。 信史の事が好きで、好きで、大好きで。 でも信史は、好きな人はいないと言っていた。 付き合うのに理由なんていらない。 ただ、好きだと言われたから付き合うのだと。 まさに『来るもの拒まず、去るもの追わず』の精神だった。 それは、確実に信史と付き合えるという事を指していたが、それは嫌だった。 本当に好きだから、適当に付き合って欲しくなかったし、妥協もしたくなかった。 そして、我が儘だと分かっていても、信史が他の女の子と付き合うのが嫌だった。 信史を好きになって、我慢したことは多すぎた。それでも好きだから耐えられたのだ。 なのに、大好きな笑顔が近くにあって、それらの全てが溢れてきてしまった。 決して手が届かない人なのに、まるで手に入ってしまいそうに感じた。 知里の目からは、知らず内に涙がつたっていた。 「あ・・・私、好き。三村くんの事が、好き」 「うん」 「三村くんが、好きなの・・・。本当は、ずっと、ずっと、三村くんが」 「うん。じゃあ、俺と、寝る?」 時間が止まった。ひっきりなしに出ていた嗚咽も、引っ込んでしまった。 信史の手が伸びてきて、知里の頬を捉えた。 キスされるんだと直感で分かって、知里は思い切り体を後ろに引く。 大きな音を立てて椅子が倒れたが、そんな事には構わず、一目散に教室を走り去った。 何で 何で 何で 何で どうして 急に あんなこと 知里は走りながら、胸の中でずっと繰り返していた。頭の中は、パンクしてしまいそうだった。 そのまま水飲み場まで走ってきた。洗面台の淵に手をついて、荒い呼吸を整える。 心臓がばくばくと音を立ててるのは、きっと走った所為だけじゃないだろう。 水を飲もうと蛇口をひねると、背後から声をかけられた。 聞き間違える筈もない、三村信史の声だった。 知里はどうすれば良いか分からず、結局振り向けなかった。 信史は気にせず、言葉を続ける。 「松井。逃げるなよ」 「だ、だって、ど、どうして、あんな、あんなこと」 「松井が、俺のこと好きだって言ったから」 「だからって、酷いよ、あんな、あんな」 「何で?好きなんだろ?俺、松井なら全然オーケイだぜ?」 「違う、違うの。私、そんなの、望んでないもん、このままで、良かったんだもん」 知里は、深呼吸して信史を振り返った。 ぐっと拳を握り締めて、信史から目を逸らさずに口を開く。 「三村くんの事が好き。本当よ。でも、何も望んでいないの。 私、適当に付き合いたくなんて、無いから。 三村くんは迷惑だって思うかもしれないけど、ただ好きなだけで満足なの」 「何、ただ、好きなだけって。別に俺とはどうもなりたくないって事?」 「違うよ。そういう事じゃない」 「じゃあ、何。何がしたいの?」 「恋がしたい。私、三村くんと恋愛がしたい。ちゃんと好きになってもらいたい」 言い切った。ふうっと、肩の力を抜いた。緊張しすぎで心臓が止まりそうだった。 信史は何も言わない。知里はその沈黙が辛かった。 もういっそ、罵声でもなんでも良いから、兎に角何か喋って欲しかった。 何も言う気が無いなら、立ち去って欲しかった。 それとも、自分が立ち去った方が良いのだろうか? こんな修羅場(と言って良いのか)なんて初めてだったから、どうすれば良いか分からない。 後ろでは出しっぱなしの水がざあざあと音をたてていて、それも何だか気になる。 数分沈黙は続いて、ようやく信史が口を開いた。初めて見るかもしれない、真剣な顔だった。 「ごめん、松井。俺、何て言えば良いか、分かんなくなってた」 「え?」 「本当は、あんなこと言うつもりじゃなかった」 「え?え?な、何?」 「何か、教室で、松井の顔に夕日があたってさ、凄い綺麗に見えた」 「え?ゆ、夕日?綺麗って、そんな」 「本当だぜ。それで、俺・・・俺も同じこと思ったんだ」 「同じこと?」 「松井と、恋をしたいって」 信史は一歩歩み寄って、知里の後ろの蛇口をひねり、五月蝿く流れ続ける水を止めた。 「全部、嘘だから。俺と付き合って欲しい。俺と、恋愛して欲しい」 「・・・・え・・え・・?え?」 「本気の口説き方、分かんなくなってた。ごめんな」 「・・・な・・んで・・・私・・なんか・・」 「松井となら、本気の恋が出来るかもしれないって思ったんだ」 − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − ごめんなさい。もう何が何だか私にもサッパリで・・・! 何気に“第三の男”を書いてなかったなぁと思い、三松にチャレンジ。 まぁ、三松には三松なんだけど、一体何を言いたかったのか・・・。 とりあえず、信史には知里ちゃんみたいな子が似合うと思います。 知里ちゃんと本気の恋をして欲しかった。うん、多分それだけ。 |