充が林田から受けた説教は、約一時間半にもおよんだ。

始終心の中で愚痴を言っていたが、悪いのは自分だ。

充にだって、自分が色んな悪事を働いているという自覚ぐらいはある。

喉まで出かかった文句を飲み込み、念仏を聞いている気分でどうにか一時間半をやり過ごした。

放課後、すぐに林田に連行された所為で、鞄は教室に置きっ放しになっていた。

面倒だが、一度教室に戻らなくてはいけない。

充は職員室を一歩出た所で立ち止まると、大きなため息をついた。





丁度部活動の時間だったので、今は誰もいないだろうと踏んでいたのだが予想は外れた。

教室の前まで来ると、中から数人の話し声が聞こえてきたのだ。

真っ先に浮かんだのは、最も会いたくない七原秋也グループの顔だった。

彼らと特に仲が悪い訳では無い。

普段は言葉を交わすことは無いが、避けている訳ではないので、用件があれば喋る。

けれど、人気者の彼らと充達のグループでは、立場が正反対なのも事実だ。

そういう間柄なので、こんな状況では誰よりも気まずい相手だと思っていた。

七原のこと、誰かがいるのに無視することも出来ないだろうし。

それがたとえ、鞄を取る間という短い時間でも。

それらの考えが頭の中で浮かんで、充はドアにかけた手を引いてしまった。

殆どそのままの姿勢で考え込むが、中の人間が帰るのを待つわけにもいかない。

鞄の中には今日笹川から借りた漫画が入っているので、鞄を置いて帰るわけにもいかない。

結局、もう一度ドアに手をかけると、意を決して勢い良く横にひいた。



「・・・・・あ?」



教室に一歩踏み込んだ充の動きは再度停止した。

室内に居たのは予想より遥かに奇妙な組み合わせの黒長、滝口、瀬戸だった。

・・・・・・・・チビの集会なのだろうか?

出かかった言葉を無理矢理飲み込んだ。

何だか今日はこんなことばかりだ。胃に穴が開くんじゃないか?

一瞬、充は本気でそう思った。

充の存在に気づき、三人の視線が集まった。

滝口と瀬戸は明らかに微妙な反応をし、最初に口を開いたのは黒長だった。



「あ、充じゃん!終わったの?」

「あ?あぁ。・・・妙な組み合わせじゃねえか。何やってたんだ?」

「充の鞄が残ってたからさ、話しながら待ってたんだ。滝口と瀬戸も人待ち中」



充が視線を向けると、滝口は僅かに身を引いた。



「あ、は、旗上を待ってるんだ」

「俺はシンジとシューヤ」

「・・・ふーん」



別に聞いたわけでもないので、気の無い返事を返し、充は自分の鞄を手に取った。

そして黒長の元へ戻ると、彼の頭を軽く小突いて促した。

黒長は頷いて自分の鞄に手をかけたが、途中でばっと充を振り返った。



「あ!そうだ!充!」

「何だよ」

「忘れてた。笹川がさ、また赤松を追いかけてたんだよ」



その言葉を聞いて、充は思い切り眉を顰めた。

そこからは「またか」という思いが、口に出さずとも表れていた。

笹川はよく、赤松を憂さ晴らしのはけ口に使っていた。

度を越えた暴行を加える事は無いが、追い掛け回したりと面白半分で赤松をからかうのだ。

そして、そういった時は、大抵充が笹川を止めに入っていた。

桐山と月岡がそんな役回りに出る筈が無いし、黒長では笹川に負けてしまうからだ。

同じグループ内にいても、どうにも黒長は気が弱かった。



「・・っはー・・・面倒くせぇなぁ・・・。ったく」

「・・・ご、ごめん」

「・・・別に良いけどよ。悪いのはあのバカだろ。おら、早く行くぞ」

「あ、うん」



黒長は慌てて鞄を取ると、既に出口に向かっている充を追いかけた。

が、出口の手前で振り返ると、無言で成り行きを見守っていた二人に軽く手を上げた。



「じゃ、滝口、瀬戸、アレ、頼むな」

「うん、分かった」

「おっけー。明日持ってくるよ」

「よろしく。じゃーな!」



廊下へ出ると充が待っていて、黒長は小走りで駆け寄り、充の横に並んだ。

充は黒長に軽く視線を送ると、自分の前髪を指先で弄りながら問うた。



「なぁ、さっきのアレってなんだよ?」

「え?・・あぁ、ゲーム!ゲームだよ」

「はぁ?ゲーム?」

「うん。瀬戸と滝口がさぁ、俺の欲しかったゲーム持ってんだって。
 だから借りることにしたんだ。俺、金無くて買えそうにないからさぁ」

「・・・ずっとその話してたのか?」

「そ。滝口とかゲームに超詳しいんだ!裏技沢山教えてもらってさ」



黒長は満面の笑みを浮かべて言った。

脳裏に、赤松に手を出している笹川の姿がよぎって、充も軽く笑った。



「お前のそーゆーとこ、良いと思うぜ」

「へっ?何、いきなり。っつかどういうとこ?」

「でも、気が弱ぇとこはどうにかしろよ」

「はぁ!?な、何だよ!ねぇ!何?何の話?」



本当に意味が分からず、充の服を引っ張りながら聞くが、彼はただ笑うばかりだった。




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黒長は比較的色んな人と喋ったんじゃないかな。
むしろ、桐ファミに居るのが不思議。って感じで。
笹川はきっと逆。親しく喋る人は限られていたと思う。