(マリクは二心同体)
「これを」
そう言って差し出されたのは綺麗にラッピングされた小さな箱だった。
然程大きくも無いそれは、大小様々なハートが散りばめられた赤い包装紙に包まれている。
何だ?という意味を込めて姉上サマを見るが、その表情はこれを差し出した瞬間からちっとも変わっていない。
にこりともせず、ただ真っ直ぐに、射るような眼差しでオレを見詰めている。
「…何なんだ、これは」
「チョコレートです」
相手の反応を待っていても埒があかないと、渋々口を開き問えば、すぐに淡々とした答えが返された。
チョコレート。つまりこの箱の中身はチョコレートらしい。しかし何故姉上サマがオレにチョコレートを寄越してくるのかが分からない。
しかもわざわざ丁寧に包装してまで。
ただ訝しげな視線を向けるだけで一向に受け取ろうとしないオレに、姉上サマは相変わらずの表情で説明を続けた。
「日本では今日はバレンタインデーという日らしいです」
「ばれんた、いん…でー?」
「女性が、自分の身近に居る異性や、想いを寄せている異性にチョコレートを渡し、自分の気持ちを伝える日だそうです」
そういえばそんな言葉をテレビで聞いたような気がする。
くだらない、そんなことで一々騒げるなんて日本人というのは随分気楽なもんだ、と聞き流していたのだが。
まさか姉上サマがそんなイベントに乗っかってくるとは思わなかった。
遊戯たちや奴の周りにいる女共とよく一緒にいるみたいだから、多少感化されたのかもしれない。
……全くもって自分らしく無いが、それが悪いことだとは思わない。
むしろそんな姉上サマを見守りたいとすら思っている自分がいる。
結局、姉上サマもまたイシュタール家の狂った宿命に振り回された一人なのだ。
だからこうして宿命から解き放たれた今、普通の女の生活をすれば良いと思う。
勿論そんなこと、本人には絶対に言えやしないが。
「…で、それを何でオレに……あぁ、」
ようやく分かった。つまり姉上サマは、主人格サマにチョコレートを渡したいから人格交代しろ、と言っているのだろう。
しかし残念なことに主人格サマは今は眠ってしまっている。昨晩はかなり遅くまでテレビゲームをしていたのだ。
日本のテレビゲームは質が良い、とか言って随分熱中しているらしく、一度やりだしたら中々止めない。
我が主人格ながら呆れたものだ。
「残念だが、主人格サマはオネンネしてるぜ。また後にするんだなァ」
そう言って立ち去ろうとしたところ、思いの外強い力でマントを引かれ、踏み止まった。
今度は一体何なんだと振り向けば、先程のチョコレートを胸に押し付けられた。
反射的に手を出し受け取ってしまう。
「何を勘違いしているのです」
「…は、?」
「それは貴方にです。マリクには別に用意してあります」
「……オレ、に?」
問えば無言でこくりと頷かれた。
今までずっと無愛想だったその表情が、まるで花が開くかのようにふわりと微笑まれた。
そして掴んだままだったオレのマントを勢い良く下に引く。
当然前のめりになるオレに、オレの頬に姉上サマ、が
「言ったでしょう。想いを告げる日だと」
柔らかな唇が触れた頬が一気に熱を帯びたが、オレはただ頬に手を当てるだけで何も言えなかった。
闇マ→→→←姉な闇マリイシ
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